浜のハンサムウーマンにエールを!Vol.1
「ありがとう」の言葉を相手に伝えるって、
本当は照れくさくって、結構、難しかったりします。
これまでの苦労話を自分自身で語るのも、何だか恥ずかしいし、
気後れしそう。
でも、大切な家族や仲間に「ありがとう」の言葉を伝えることなら
できそうな気がする―。
口下手な漁師のとうちゃんが、
精一杯の「ありがとう」の言葉をかあちゃんに贈ります。
**************************
**************************
かあちゃんは、優しい面もあり、厳しい面もある人。
そして、辛抱強い人。
仕事柄、カツオの群れを追って
1年のうちに12月と1月の休漁期しか大堂津にいないから、
家に帰ると健康のこととか、食事のこととか、
いろいろと気を遣ってくれる。
漁師は船の上で寝る時も板っこ1枚の生活だし、
いつも危険と隣合わせの仕事。
「あそこが痛い」「ここが痛い」と
体がいうことをきかないことも多くてね。
俺のことを、いつも、いつも大切にしてくれて、
本当にありがたいと思ってる。
大堂津に帰って友子の顔をみると、やっぱり安心するし、
気心が知れているから落ち着くわ。
俺たちは地元の隣近所の幼馴染で、
俺が26歳、友子が25歳の時に結婚した。
優子は昔から優しくてべっぴんさん。
当時は俺が一方的に好きやったとじゃないやろうか。
どうやろうか。
結婚して4年目ぐらいのころ、漁師人生で一番厳しい時期があった。
それでも俺は大堂津を離れて船に乗らないといけないから、
友子は1人で家庭を切り盛りし続けてくれた。
電話で話そうにも、当たり前やけど海の上だと電波は届かんし、
話を聞いてやれるのも県外の港に寄港したときだけ。
それでも、友子から「辛い」という言葉を聞いたことは一度もない。
ほんと、俺は友子がいなかったら、どうなっていたのか分からんわ。
ただ、厳しい面もあってよ。
大堂津に帰ってきて居酒屋なんかに飲みに出掛けたり、
パチンコに行ったりすると「飲み過ぎ、やり過ぎはダメよ」って。
まあ、俺は好きだからやめられないけど笑
友子は、浜の人間である俺を、ずっと支えてきてくれた。
今の女性部の加工グループの取り組みも、
好きなこと、やりたいことをやっているんだから、
支えてやらんと、と思っている。
お歳暮の時期とか、友子の仕事が忙しくて帰りが遅いときなんかね、
俺が食器を洗ったり、洗濯物を取り込んだりして、協力するとよ。
友子が「辞めたい」と思うまでは、思う通りにやってほしい。
いつも、いつも、本当にありがとう。
**************************
☆Facebookの「いいね!」をクリックして、浜のハンサムウーマンにエールを!☆
☆in SEASONスタッフ☆森ちゃんのブログはこちらから♪☆