取材日の早朝、潮風の吹きつける国道沿いの公民館で待ち合わせ。10分ほど山際の細道に車を走らせ、急勾配の砂利道を登りきると、オリーブの畑に出ました。「今、日南で一番収量が多い」井上さんのオリーブ畑です。栽培を初めて2年目に2キロ、3年目の去年は30キロ、4年目の今年は60キロの収穫見込みで、日南オリーブの産地化の鍵を握る畑です。
周囲を林に囲まれた平らな土地に大小オリーブの木が約50本。結実性をあげるため数種類を混植。優しい風が吹き抜ける中を垂れ下がった枝には点々と緑のオリーブの実がついています。中には、紫色がかったオリーブの実も。
テカテカと輝くオリーブの実を触っていると「食べてもいいよ」と井上さん。もちろん冗談で、オリーブの実を食べた猿もいたけど即“ペッ”と吐き出したよ、と脅威であるはずの猿が笑いのネタに。オリーブの実には独特の強い苦みがあり、獣害の心配はありません。
オリーブの木は初夏に花を咲かせ、4~5ケ月かけて実が肥大し、秋の終わり頃に収穫します。今年は着果に大切な開花期に雨が降り「花の(数の)割りに実が少ない」と残念そうに振り返る井上さん。「それでも去年よりは量が多いけど」と、確実に手応えを掴んでいるようです。
2011年春、日南市と農家と研究機関が一体となり「にちなんオリーブプロジェクト」が立ち上がり、15軒の農家が約2000本の苗木を植えました。2017年7月、農家が主体となりNPO法人「日南オリーブ コンパネロ」を設立しプロジェクトを民間主導に。現在は10軒の農家で合計1.2haのオリーブ畑を管理しています。
プロジェクトの中心地はここ日南市南郷町。県内でも先陣を切りマンゴー栽培を始めた農家がおり、その成功をみて周囲の農家も後に続き、山のみかん畑から平地のハウスへと、徐々に農業の軸足を移していきました。
高齢化による離農者の増加、耕作放棄地が特に山の斜面に拡大している現状、「ともに頭が痛い問題です」と井上さん。みかんは猿による食害にも悩まされていました。オリーブプロジェクトはそんなみかん園の跡地を活用して植樹を開始。
オリーブの木は荒地でも育ち、その生命力の高さから、原産地の地中海地方では繁栄や平和のシンボルにもなっています。ギリシャ島には樹齢5000年の大木も現存しているといい、日本でも本格的に栽培が始まって100年以上の歴史があります。ただ、この地は多湿で台風や大雨も多いため一筋縄ではいきません。
「最初は、ただ植えとけばいいって言われたから」と笑う井上さんと仲間の農家さん。「(実際には)開花してからは毎日畑に通ってますよ」。小豆島の農家を講師に呼び、木の剪定はみかん農家から教わりました。あとは仲間との情報交換と自分の観察による行動のみ。木の根元に巣食い木を枯らす穴あきゾウムシや、葉巻虫などがいないか丹念にチェックしては早めに取り除いていきます。
オリーブの根元にある岩石を手に取ると、さらさらと崩れていきます。三紀層というこの山の土壌は水はけが良く、果樹の栽培に適しているそうです。
養豚の廃業を機に、跡地活用を相談したのがきっかけでプロジェクトに加わった井上さん。オリーブの原産地とは全く異なる風土での挑戦は、誰にも正解がわからない未知の世界です。
井上さんのオリーブ園は、豚舎を撤去したあと重機で山をならして平らに造成した土地。「奥(山頂の土で埋めたところ)の木のほうが大きい。奥のほうは肥料をあげなくても大きくなる」とオリーブを見つめます。手前(上を削った山)と奥とで木の高さは倍以上の差があります。ただ、「大きいほうは(樹勢の割に)実のつき方が良くない」という悩みも。根の張りが弱いオリーブの木は強風で倒れやすいのだそうです。
栽培を続ける中で見えてきたのは「(木を)可愛がりすぎてもいけない」ということ。顔を見合わせて「少しはいじめたほうがいい」と仲間の農家さんと笑います。いじめる、とは「肥料過多にならないようにする」こと。
井上さんがプロジェクトに入る以前は、ほぼ全員がみかん畑の跡地に植樹しており、そして結実はほぼないに等しい状態でした。井上さんは、大量の肥料が土壌に蓄積されており、オリーブの実りを妨げていたと考えています。
その後、海を見下ろす元みかん畑だった畑にも連れて行ってもらいました。そこには3m近くありそうなオリーブの巨木もありましたが、やはり結実は少なく、井上さんの事例を参考に3年前から肥料を切ると、葉っぱの色が薄くなり、その翌年から結実が目に見えて増えていったそうです。
「一度極限状態にもっていって、なりグセをつけてあげる」、そうすると翌年以降も結実しやすくなる、遊び心も大事よ、と井上さん。また「(乾燥した土に適した木だけど)雨が必要だと思う。雨が全く降らないと実がぎゅーっとシワシワになって、雨が降ると実がちゃんと大きくなる」。生き物を飼う時と同じように、前例は参考にしつつも、その土地にあわせたオリーブの生態を見極めています。
「コンパネロ」はスペイン語で仲間という意味です。プロジェクトの悲願だった100%日南産のオリーブオイルまであと一歩。専用の搾油機も市内に設置。機械は50キロ以上の実がないと搾油ができないため、昨年はスペインから輸入したオリーブの実と日南産のオリーブの実を合わせての作業になりましたが、初めての搾油も経験しました。今年はその収量50キロを達成する見込みで、ついに今年の秋には日南100%オリーブオイルが販売できる予定です。収穫は10月後半を予定。昨年販売した、日南産のオイルを10%をブレンドした「日南海岸オリーブオイル」は合計200本生産しほぼ完売。自身も毎日パンにつけたりサラダにかけたりみそ汁に入れたり(!)、いろいろな食べ方に挑戦し、フレッシュオリーブオイルの魅力も広めています。
オリーブは一斉に短期間に花を咲かせます、その「一面に白い花が咲くオリーブの開花期は息をのむ美しさ(井上さん)」。仲間のお茶屋さんはオリーブリーフティーを商品化。ピクルスを作ったり、木を挿し木で増やす方法も研究中。
「オリーブはお金になるまでに、まだまだ時間がかかる」それでも第一線を退いた高齢者の楽しみや若者の希望に、たくさんのワクワクを秘めています。今年の冬は日南100%オリーブオイルを買いに、また日南へ行こう。