東京で不動産会社のサラリーマンだった新門さん。農業を志し、縁あってここに家族で移住してきて26年。「おいしいって喜んでもらえることを仕事にしたかった」。新門さんが就農した理由はその一言に尽きます。
新門さんのトマトは、年間を通じて糖度7〜10度にもなる高糖度トマト。いろんな味が複雑に交錯する濃い味わい。最初の一口目でフレッシュな酸味とトマトの香りを楽しむと、糖度を感じる濃厚な味わいが押し寄せ、微かに塩気のアクセントを感じます。
「糖度計というけど本当は濃度計、塩味やグルタミン酸など糖分以外の成分も”糖度”として測られるんですよ」と新門さん。それを聞いて納得しました。一般的なトマトの糖度が4〜5度、高糖度トマトは7~8度以上をいうことが多いそう。
新門さんのトマトで一番驚いたのは、加熱してペーストにしたものを冷蔵庫で保管して3日目。作ってすぐの時は生のトマトそのままの個性が強く出ていたのが、いろいろな味が調和してまろやかで、まるでトマトケチャップのような味わいになっていました。豆とカリフラワーとスープにして、美味しくいただきました。本当に味が濃いトマトです。
新門トマト農園では一年中トマトを出荷。ハウス全体を20区画以上に分け植え付けのタイミングをずらしていきます。密植で植えるため一株当たりの数量は少なくなりますが、1段か2段収穫したら都度苗を植え替えることで面積あたりの収量は増えます。
「たまたまだったんですよ」。就農数年目、県外視察の空き時間に訪ねた先でこの栽培方法に出会いました。これはいいかもしれない、と早速持ち帰り半年ほど実験。半年後、全てをこの栽培に切り替えました。それまで土耕で育てていたのが養液栽培になりました。
もちろん、種まきや植え替えの回数が増えるため人件費や種代などコストもあがります。ただ、「どれも一長一短」と新門さん。経営的に考えるとベストな方法とは言えないかもしれない。ただ「おいしいトマトを安定的に取るのには適している」。就農前からの一貫した想いが全てです。
それから10年。農学博士との共同研究や、視察の受け入れや情報提供も行ううちに、「新門さんのやり方に習いたい」という農家が門川に集まりだしました。2010年にこの技術を共有する「門川町高糖度トマト生産組合」を結成し、現在7軒で取り組んでいます。
「オレンジ色が綺麗に全体にまわったのが甘いトマト」。「薄いピンク色のものは味の薄いトマト」。どちらも追熟して赤くなりますが、糖度が高いものは収穫後に色がつきにくいため、やや赤めの状態で収穫するそうです。
「手で触っただけで糖度がわかります」と新門さん。甘いトマトはうぶ毛も多く、うぶ毛から甘い香りもしてくるのだそうです(!)。超高糖度のトマトを3週間冷蔵庫に置いていたらいちごの味になったこともあるとか(!)。
新門さんは糖度が高い今の季節限定で全国発送もしていますが、大部分は「門川町高糖度トマト生産組合」のトマトとして共同出荷。
個人で販売していた時のほうが経営的にはよかった、と笑う新門さん。でも、「たくさんの人に届ける」という信念はグループだからこそ果たせること。部会では週一回の勉強会は欠かさず、繁忙期は朝6時から開催することもあります。
部会では栽培段階で環境制御システムを導入し、養液の濃度や温度、湿度、CO2濃度等をコントロール。クラウド上で動く出荷予測サイトに全員が翌週の出荷予測を入力し、収穫前に地元JAが販売数量の調整を担当。非破壊検査機を通しトマトの糖度を確認。全国的に見ても珍しい仕組みを構築しています。新しい門川町の農業をリードしていく新門さん。その苗字は偶然ではないのかもしれません。
土曜日午後は農園スタッフはお休み。事前取材に伺いました。
しかし当日はトマトが急成長するタイミングで夫婦二人は通常出勤中。新門さんは脇芽をとる作業の最中。いつもは朝か晩にする作業、昼になると柔らかくてしおれ気味で取りにくいから、といいながらも、その作業が速い!摘んだ脇芽をのせる台車を押しながら、なんと1分間に約40株のトマトの芽かき終了!しかも私の質問にも答え通常の会話をしながら。新門さんの作業中の会話で書き留めたメモはA45枚分。
17時になり、すっと涼しくなるハウス内。トマトの葉を急速に冷やす、クイックドロップの時間です。病気の元にもなってしまうトマトの結露を防ぎ、葉に残っている糖分を素早く実に移行させる小ワザです。「昔は午前中の気温を高めに午後は低めに設定する、というのが主流でした。今は逆です」。トマトを見つめたまま、栽培技術は変わっていくんです、と呟きました。
常に新しいものを学び、次へのチャレンジを続ける新門トマト農園。現在2年目のオランダ式ハイワイヤー栽培もその一つです。
3月末は宮崎平野で超早場米の田植えの季節。のどかな景色の奥に立ち並ぶハウス群、その中でひときわ背の高いガラスの群棟が新門さんの新しいハウス。ハウスというと違和感があります、栽培用のガラス室です。
効率的な施設園芸農業経営で注目されているオランダでは、データに基づいて適切な環境を機械制御し、システム化された効率的な栽培を実現。トマトは同じ面積で日本の4倍の収量をあげていると言われています。それを取り入れたのがこの施設。
「農業は極論すると、太陽エネルギーを炭水化物に変換する作業(=光合成)。それを、どれだけ効率的に作物にしてもらえるかを考え、実行する産業です」と新門さん。価格を抑えてどこまでおいしいトマトができるか、のチャレンジです。
最大半年から1年の間トマトの樹を伸ばし続け実を取り続けます。そうすることで高収量を実現。高所作業車にのり、天井から吊った紐に伸びたトマトを巻きつける作業を見せてもらいました。「(トマトが折れないようにしながらスピードも落とせない)デリケートな作業です」と綾子さん。二人で農業を始め、今も作業内容や方針について毎日意見を交わしながら、同じ目標に向かっていきます。