早朝、住宅地の中にあるハウス。スタッフが集まり収穫作業が始まります。時刻は7時半を回った頃。
ハウスに入ると、爽やかなセロリの香りとパキパキという収穫音がハウスいっぱいに響き渡っていました。セロリの独特な香りには、リラックス効果や、疲労回復効果があるといわれていますが、その効果を体感した時間でした。
「セロリは早朝の収穫しかしません」。セロリは水分がたっぷりのみずみずしさが売りの野菜。水分が飛んでしまうと、食感はもちろんせっかくの香りも失われてしまうので、毎朝収穫したてのものを出荷するのがこだわりです。
この朝の収穫作業は家族とパートさん6名で。鎌を持ち、一列に並ぶと体を軽く曲げ、地面すれすれでざくっと切り、大きさごとに分けた山に積みあげていきます。合間にセロリの山にジョウロで冠水を繰り返しながら。その作業がとにかく早くて見とれてしまいました。黙々と切り進めて行きます。
収穫開始から30分ほどで、あっという間に山積みになったセロリ。8時を回ると、誰かが指示する様子もないまま、セロリの山の中に入り、一列になると、計量、袋入れの作業に入っていきました。
実は私、幼少の頃から苦手な野菜の一つがセロリでした。セロリの美味しさに気づいてからはまだ5年ほどです。大人でもセロリが苦手だという人は珍しくありませんが、坂田さんの家族は子どもたちもみんなセロリが大好き。
恐らく県内にセロリ農家は他になく、スーパーに並んでいる『宮崎県産セルリー』と書かれた袋に入っているセロリは、ほぼ坂田園芸が出荷したものだそう。
さわやかな香味とみずみずしさで幸せを感じさせてくれるセロリですが、残念ながら県内のスーパーで県外産が並ぶことが多い野菜の一つです。セロリの栽培適温は15~20℃程で、適度な湿度も大事。高温に弱く、長野や静岡、福岡など涼しい気候のところが主な産地です。
坂田家は父の稔雄さんが幼少の頃に一家で福岡から都城へ移住。出身地がセロリの産地だったこともあり、栽培のノウハウを静岡などで学び、本格的にセロリ栽培を始めて42年。「都城は火山灰土でセロリ栽培に向いている。水が溜まらないよう50センチほどの深さに排水管を埋めてはいるが、1mほど掘るとボラ土層があって水はけもよい」。とサラっと教えてくださいました。坂田さんはそんな父に習いセロリ栽培を始めて2年目です。
私も子どものときに坂田園芸のセロリに出逢っていたら、セロリ嫌いにはならなかったかも。
セロリ袋入れ作業を見守っていると、一株1.5キロ前後のものが多いのに気付きました。秤にのせて重さを確認すると、体を使って上手にセロリを袋の中に滑りこませていきます。
作業中はとても話しかけられる雰囲気ではありませんでしたが、後で聞くと「春はサラダ需要にあわせて、小さめで出荷できるように調整して育てる」ため、これで小さい方と知ってびっくり。冬場のセロリは一軸200~250g程度、一株2〜3キロのものが中心だそうです(!)。
坂田園芸では11月半ば〜5月末にかけてセロリを出荷。昔は一つのハウスで年3回収穫していましたが、温暖化が進み高温障害などが出やすくなったため、現在は二期作に。4月に入ると出荷のピークの時期を迎えます。毎日ダンボール約50箱分を出荷していますが、4月後半からは1日100箱に倍増。一株数キロのセロリは段ボール箱に詰めて、遠くは広島の市場に向けて出荷されます。
ハウスでの収穫作業後は、洗い場に移動して、都城の市場や直売所に出荷するセロリの袋入れ作業。二人目を出産後、仕事復帰した坂田さんの奥さんも加わります。セロリを洗浄し少量で袋入れをして、すぐに店頭に並べられる状態にします。
坂田さんは定期朝市『都城ぼんち市』に毎回出店し、欠かさず試食も作ってもっていきます。朝市でお客さんに好評なのは「セロリとちりめんの胡麻油炒め」「セロリのビール漬け」など。どちらもしゃきしゃきとしたセロリらしい食感とさわやかな香りが楽しめる一品です。
朝市に持っていくのは、もちろん朝どれセロリ。「セロリくささが少ない、と喜ばれるんです」。おいしいって言われるのが嬉しいから、と少しはにかみながら、セロリの食べ方や朝市のお客さんの話になると、伝えたいことが溢れてきます。セロリ栽培はまだ父について修行中ですが、セロリの魅力は誰よりも知っている坂田さん。
手作りの『生産者のおすすめセロリレシピ』をいただきました。ドレッシング、甘酢漬け、セロリのコンソメスープ、セロリのドライカレー・・・など8種のレシピとセロリの栄養素などセロリの美味しさを生かしたレシピが載った力作。坂田さんおすすめの食べ方は「カレー」。カレーにセロリの茎をすりおろして入れると味がまろやかになる、と教わり、帰宅して早速実践。香辛料の一つとしてセロリが生きて香り高いカレーになりました。セロリのカレーはなんとセロリ嫌いな大人も全員食べられてびっくり。
セロリ栽培では「苗を活着させる時期が一番難しい」と稔雄さん。「水をあげすぎると根腐れを起こしたり、土の芯を冷やしてしまったり、どれだけ早く根を張らせるかが大事」とセロリを知り尽くしたベテランです。そんな父について、収穫作業後は二人でハウスの栽培管理を行う毎日。
坂田さんは地元の高校を卒業後陸上自衛隊に入隊。10年後28歳の時に就農。農業の知識はゼロからの出発でした。きっかけを尋ねると「(父に)やらないかと言われたんですよ」。跡継ぎがいなければ規模縮小をしていく、そうすると小さい頃から見てきた風景がなくなってしまう、と危機感を覚えたのがきっかけで、就農を決意。就農してからは「子どもや家族とも近くにいられるし、朝市でもおいしいって言ってもらえて嬉しい、やりがいのある仕事」と坂田さん。
今はまだ新しいことに手をつけたりできる状態ではないけど、いずれは広げていけたらいいな、と今は技術習得に余念がない様子。
坂田さんの話を伺っていて感じたのは、農業のやりがいも接客業や営業職と同じで、お客さんからの「ありがとう」という言葉。さらに「美味しい」ももらえます。「毎日の温度管理や湿度管理でハウスを開けたり、閉めたり体力仕事。夏の間はビニールを全部外してハウスをあげる作業など、体力的にきつい」そうですが、坂田さんのセロリがこれからも食べられると分かって嬉しいのは私だけじゃありません。セロリを楽しみにしているお客さんみんなが応援しています。