橋満さんの畑では、例年7月20日頃から収穫が始まります。ハウス栽培のぶどうから始まり、9月になると露地栽培のぶどうの収穫が本格化してきます。今回はハウスで収穫体験をさせてもらいました。早朝8時、日が昇ると一気に気温が上がり、しっとりとした空気が漂い汗ばむハウス。樹の上で一房ずつ袋がけされた大きなぶどう。コンテナの乗った台車をぶどうの下まで二人がかりで押していきます。
両手で袋ごと房を支えて、袋の下のほうをそっと破り、ぶどうの着色具合を確認します。橋満さんにも確認してもらって、「夏は温度が下がりにくいから(着色しにくい)。今の時期ならこれくらい色が付いていればOKです」。橋満さんのぶどうにかける熱意と目力には並々ならぬものを感じます。その話になると目の奥が光ります。念のためもう一人にも加わってもらってぶどうを支える体制を作り、枝が長くなるように切りました。ずしっとしたぶどうの重みがかかり、藤の木のように細いぶどうの樹のどこにこんな重さを支える力があるのかと驚きました。
橋満さんのお勧めは翠峰。比較的新しい品種で、大粒で楕円形の緑系のぶどうです。シャインマスカットのように皮が薄く皮ごと食べられて、程よい甘さで、見た目によらず上品なぶどうです。橋満さんの翠峰は一口で食べるのをためらうほど大きくて、果汁も豊富。「大きいのある?」スーツ姿の年配のお客様が贈り物用にと、一房1800g以上ある大迫力の翠峰を買って帰りました。赤紫色で丸々としたゴルビーも人気。糖度が20度以上にもなることもあるほど甘みが強く、「甘すぎでむせるね」と試食したお客さんもびっくりです。桃栗3年、柿8年、ぶどうは4年。収量安定までには約7年。新品種の導入・研究にも熱心で、毎年新しいぶどうを二本ずつ取り寄せて植えています。
「お客さんの声も聞かないとわからないからね」と少しずつ収穫して味をみて、食べてもらいながら、収穫時期やお客様から喜ばれる品種かを確かめて、好評なぶどうを増やしていきます。今年初成りの新品種、うっすら赤紫色のシナノスマイル。試食させてもらった取材班がおいしいと喜んでいる顔を確認すると、「食べたみんながおいしいと言ったら収穫時期」と収穫を始めた橋満さん。酸味もある昔懐かしい甘さに、閉園してしまった実家近くのぶどう屋のおばあちゃんが、いつも優しく勧めてくれたぶどうを思い出しました。橋満さんは、現在約15種のぶどうを育てています。
橋満さんの1日は日が昇る前から始まります。収穫期には6時前から畑でぶどうを収穫し、10時前には車で約15分のところにある直売所へぶどうを運びこむと、日中は直売所でのお客様対応を最優先。特に7月末からお盆までは、お昼ご飯を食べる暇もないほど目も回る忙しさです。実は橋満さんはほぼ全ての作業を奥さんと二人だけ行っています。「従業員の給与を払うため、冬場に白菜を育てているぶどう農家も見てきたんです。何屋さんかわからなくなりますからね」と、畑の面積も一人で栽培管理できるぎりぎりまで減らしました。
小林市内には現在約20件のぶどう園があり、多くは梨・ぶどうの兼業農家で、畑の隣に直売所があり、摘み取り体験もできます。それでも「どこのぶどう園よりも一房(の栽培管理)に時間をかけている自信がある」。選択と集中。整った大粒のぶどうができるように一粒ずつはさみで摘果していく摘粒作業には特にこだわります。質を高める作業時間を最優先に、ぶどうのプロの橋満さん自らが熟したぶどうだけを収穫して、お客さんにはその中から選んでもらう。いいところ取りの橋満流ぶどう園です。
「栽培から収穫まで自分でして、さらに自分で売るからできることがあると思うんです」。橋満流ぶどう園ならではの強みを追求していきます。例えば、完熟状態で収穫できること。今人気の品種シャインマスカットは黄緑色のぶどうですが、完熟するとほんのり黄色がかった色になります。実が房から取れやすくなったり茎の色がくすんだりしますが、角がとれた優しい甘さになって、私も完熟ぶどうが大好きです。
おいしさの理由を確実に伝えられるのも直売だからこそ。ぶどうが房から数粒落ちていた、大丈夫かとお客様からクレームが入った時も理由を説明し、「もしおいしくなかったらまた言ってください」と電話を切ったそう。その後電話はかかってこなかったそうです。
お客様に伝える難しさを感じながらも、それでも直売所でお客様に満足してお買い物してもらうために、全力です。値段も明確で、品種に限らず一律料金の量り売り。味見をしてみてまだ熟してなかったら「ん、青春の味」。どこまでもお茶目です。一人一人のお客様に真正面から向かい合うその姿に、お客様も笑顔で帰っていきます。
ぶどう畑は、三之宮峡で有名な小林市東方地区の日当たりのよい高台に点在してあります。弥生時代の住居跡二原遺跡も近くにある、自然環境に恵まれたところです。一昨年、畑の隣にあった直売所を苦渋の決断の末に市街地に移動しました。理由は明確で「直売所に辿りつけないお客さんが多かったから」。「辿り着けなかった」「近くで迷っている」という声が絶えず、車を走らせて迎えに行ったことも少なくないそうです。直売でやっていく、という強い決意の表れです。ぶどう園の主要顧客は年配層で、カーナビを使わない方も多く、毎年顧客に送るハガキには必ず地図も載せるそうです。
就農前に研修したブラジルで現地のやり方に衝撃を受け、実家のそれまでの慣行栽培と市場出荷を見直し、エコファーマーの認定も取りました。農薬の使用を抑え、近くの農家の完熟堆肥を使い、草を生かし除草剤を使用しない栽培をしています。「その話になると涙が出てくる」とつぶやくと、親と衝突や話し合いを重ねて、現在の形になったこと。直売所を街中に移してからは近所の人にも喜ばれ、鹿児島や都城など遠方からのお客さんも増えたこと。これから挑戦したいぶどうの加工品のこと。話は尽きません。「農業はおもしろい同じ工程で同じことをしていても違うものができる。奥が深い。飽きない」「加減が大事、よかあんべいっていうやつかね」と、ぶどう専業農家の道を追求します。