斧農園の野菜栽培は平成4年から。広い山林を所有し、しいたけ栽培や林業が家業で、「野菜作りがずっとやりたかった」と、母のヒデ子さんの思いをきっかけに、斧農園の野菜作りが始まりました。
家の前には石垣で囲まれた小さな畑が15枚。明治初期に開墾した段々畑は、もともと水田。その一枚一枚を畑に転換して野菜作りを始めました。「もともと水田だったから、一枚一枚水はけとか畑の土の性質が違うんですよ」と、植える作物を工夫し、畑ごとに野菜の種類を植えて、現在1年間に約30種類の野菜を育てています。
ヒデ子さんは「野菜の栽培は素人だったけど、現代農業など本を読みながら勉強した」と、当初からボカシ肥料を手作りし、農薬を使わない栽培に挑戦しました。
斧さんは高校卒業後就職して、福岡や宮崎市内で営業関係の仕事をしていましたが、農業のやりがいを楽しそうに語る母の言葉を聞き続けるうちに、「そんなに楽しいならやってみようかな」と、次第に農業への気持ちが大きくなってきたそうです。斧さんが、16年勤めた会社をやめ、両親に教わりながら始めた農業も11年目になりました。
「季節の野菜はほとんど育てている」と多品種栽培、出荷をする斧農園。主な販売先は、地元の道の駅の直売コーナーです。販売を初めて20余年、次第に斧さんの名前を目当てに野菜を買う固定客がつくようになり、地元はもとより熊本や日向など市外にもファンを獲得。「今まで体質的に野菜が食べられなかったが、80年生きてきて初めて野菜が美味しく食べられた」と電話をくれたお客さんももちろんリピーターになりました。
「ぜひ畑に行ってみたい」というお客さんを畑に招いて、ヒデ子さんが野菜料理をふるまい、お客さんとの直接交流する機会も定期的に企画してきました。
「お客さんに、おいしい、と喜んでもらえるのが嬉しくて」続けてきたこだわりの栽培方法。今ではその想いも技術も息子の斧さんに受け継がれています。
斧さんは「自分にできることはなんだろう」と、他の農業者や料理人、消費者とも交流を広げ、イタリアンパセリやあごおちナスなど新しい野菜の栽培にもチャレンジし、レストランへの直売を始めるなど、更に消費者とつながる農業を模索中です。「斧農園の旬を詰め込んだ野菜セットの販売も始めたい」と意欲たっぷり。
斧農園の取材でまず驚いたのが、キュウリ。キュウリ畑にいくとキュウリの花の、目一杯広げた鮮やかな黄色い花びらに目が引かれます。整った形で美しいキュウリの花に思わずカメラを向けました。
6月上旬の取材日、「ちょうど収穫が始まったばかり」だというキュウリを一本いただきました。はじめは「みずみずしいな」「皮も薄いし食べやすい」と、夏野菜の走りの季節らしいキュウリを食べながら季節感を味わっていました。すると、お行儀悪いかなと気にしながらもキュウリが止まらなくなり、キュウリを食べながらお話を伺っていると、喉元に甘みがふわっと広がって、後味爽やかで、おいしい水を飲んでいるように感じてきました。
「これはおいしい!」あっという間にキュウリ1本完食した私に少し驚くと、青太キュウリという延岡で昔から育てられてきた大きなキュウリを見せてくれました。これがまた甘みがあって、凍らせてアイスキャンディにして食べても美味しいんじゃないかなと思うほど。残念ながら実をつける本数は少なく、一般的なキュウリの2倍以上の時間がかかるため、あまり市場には出回らないそうです。
「こだわりのおいしい野菜は、土作りから」と、土壌消毒はせず、牛糞などの動物性堆肥は使わず、かしの木などの落ち葉、天然ミネラル鉱石、腐食酸(土壌有機物)を使うことで、自然界に近い状態の土作りを行います。ちょうど照葉樹林の森の中の土のように。
肥料も化学肥料は使いません。魚のあらや骨を発酵させた手作りの液肥は植物の元気が足りないときに、少し葉面散布してあげます。「ここは昨日ふったばかりだからちょっと臭うでしょ」とヒデ子さん。言われてみると青魚のような匂いが少し、もちろんキュウリの味には影響なし。
他にも納豆菌で発酵させた米ぬかや、石灰の代わりに貝殻の化石など、野菜本来のおいしさを引き出せる土作りに取り組んでいます。また、無農薬栽培を目指して、夏でも野菜が病気や虫に負けないように、必要に応じて自家製納豆菌酵母やエビ、カニから抽出した酵素などを与え、極力農薬を使わないように努力を重ねます。
ニンジンは、葉っぱまでエグミがなくて柔らかで美味しくて、イタリアンパセリもその爽やかな味わいに取材班一同感動。玉ねぎは柔らかで涙もでずそのままでおいしく、加熱するととろける甘さに。実と葉のツヤが眩しい美しいカボチャもきっと。これから「斧農園ブランド」の野菜ファンが増え続けていく未来は、想像に難くありません。
斧さんが今力を入れているのは消費者との交流や、子供たちへの学習機会の提供。畑に直接来て、野菜をこの環境ごと味わって、感じてもらうことが消費者のためになるのはもちろん、人口減少に悩む中山間地区の活性にもつながる、と機会あるごとに体験を受け入れています。
斧農園のある北方町板下地区は川沿いの細い道を上流へと向かっていく途中にある、10軒ほどの小さな集落です。浄水は整備されておらず、水は井戸水、庭には川から引く清流が流れています。段々畑のすぐ下には清らかな網川が豊かな水をたたえ、涼しい風を吹かせています。
「来たお客さんが、ここはいいところだと喜んでくれたんです」「また来たいと言ってくれたんです」。後世に、人と自然が共生するこの中山間地の豊かな景観を残していきたい、とSNSなどでも積極的に情報発信中です。
「農業体験など、農業者から出来る食の魅力を発信し、地域活性化に貢献していきたい」。農業の楽しさ、やりがい、自然の力や素晴らしさを伝えていきたいと、熱い想いをたぎらせている斧さんは、爽やかで親しみやすい、笑顔が似合う野菜のお兄さんです。