鈴木さんの野菜で忘れられないものがあります。2013年12月、道の駅日向で出逢った小ぶりな赤大根です。形良くすらりと伸びた20cmほどの小ぶりな赤い皮の大根。真っ白な大根の上にさっと色を塗ったようなくすみのない赤色に、ほうっと見とれました。迷わず購入すると、家に帰り皮ごとすり下ろしました。赤と白が混じった色鮮やかな大根おろしは辛みも少なく、生産者シールに張ってあった鈴木節男さんの名前を覚えました。
鈴木さんは定年後就農し、現在まだ5年目だと聞いて驚きました。長年の知人のすすめで現在の農法と出会い、仲間も増えて『ひゅうが百生会』を結成。今では百生会の仲間で耕作する畑や田んぼもあります。
「故郷を守りたい、耕作放棄地をなくしたい」という思いで、農地も積極的に借り集めています。可能性を広げようと、数年前からはキクラゲや白キクラゲの栽培、アイスプラントの栽培もはじめました。アイスプラントの宝石のようなピンクの花はもうすぐ種がとれるのだと教えてもらいました。
イチジクの旬は夏から秋にかけて。イチジクは「無花果」と書き、実の中に小さな花をつけるため、外からは花が見えません。イチジクを切ると中に赤いつぶつぶがたくさんありますが、それが花の跡です。完熟まで待って収穫すると赤みがかった色やとろける食感ともに、糖度は15度以上にもなります。
ただ、イチジクは皮が薄く完熟してから2〜3日しか持たないため、樹上完熟したものを遠方へ輸送することは困難です。「スーパーの店頭に並んでいる県外産のイチジクは、未熟な状態で収穫したもの。そうでないと輸送中に傷んでしまう」と鈴木さんは指摘します。
就農する際にイチジクを選んだ理由は、『地産地消』がコンセプトだったから。地元で育てるメリットを考え、「流通に問題があるもの」(近くでつくるメリットがあるもの)→遠方から持ちこめないもの、と考えイチジクに辿り着きました。イチジクはお尻が少し割れたら完熟のサイン。緑で完熟する品種もあります。鈴木さんはその時を待って、味を見て、糖度を計ってから出荷を始めます。
イチジクの原産地はアラビア半島南部。比較的高温で雨量が少ない地帯で、トルコやイラン、エジプトなどが有名です。雨にあたると実が傷んでしまうため、ハウスをたてて屋根をかけ雨に当たらないように栽培。イチジクの根元一面にもみ殻を敷きつめ、雑草と冬の寒さ対策をします。
「まだ完全に樹ができていない」と謙遜する鈴木さんの言葉を聞いているのか、イチジクの実を支えるように大きく広がるイチジクの葉っぱ。その力強く均一に葉脈が広がる美しい葉っぱに感動しました。実はもちろんですが、樹や葉っぱなどの外観からも、十分に野菜や果物のおいしさが伝わってきました。
鈴木さんのハウスでは、長い期間収穫が続けられるように6種のイチジクを植樹。後日完熟したイチジクを頂きました。ジューシーな中に甘みがぎゅっと詰っていて、ゼリーとプリンの中間のようなとろっとした食感で、のどごしも抜群。小ぶりなジャム用のイチジクは酸味があって、そのまま食べても甘酸っぱい食べ応えのあるイチゴのようでしたが、砂糖を加えないでそのまま煮詰めてジャムにすると一気に甘みが濃縮して驚きました。
肥料は自前で作ります。原料は、おから、米ぬか、もみ殻、古麦、古米など近くで調達できるもの。そこに畑の土(土にいる微生物)と、発酵を促す微生物とミネラルたっぷりの海のにがりを加えて、2週間毎日撹拌し、酸素を供給し発酵させ続けて3週間で完成します。発酵を促す微生物は『ハイクリーンΣ』という世界中の好気性微生物を集めたものだそうで、だからか、肥料にはうじ虫がわくこともハエが飛ぶこともなく、肥料工場はとってもクリーンな印象でした。工場にはぬか漬のような、おいしそうな香りが漂っていました。
鈴木さんの農法で家畜糞は一切使用しません。理由は、その家畜が食べていた飼料や薬も肥料に影響してしまうし、窒素分が過多になって野菜に苦みが出てしまうからです。土のバランスを保ち、環境への不可が少ない現在の農業スタイルは、古里のための農業を志す鈴木さんの思いと合致したのでした。
日向には大手製糖工場もあります。工場ででた糖蜜をえさにボカシ肥料の原料にまぜる菌種を培養するなど、鈴木さんは地元で手に入るものを最大限活用しています。
鈴木さんが代表をつとめる『ひゅうが百生会』には、専業農家から家庭菜園愛好者まで十数名が入会。ボカシ肥料作りや栽培管理方法などを一緒に学び、月に一度は勉強会を開催、情報交換を続けます。また、百生会で田や畑を所有し、その畑でとれた野菜の収益を会の運営資金にもあてています。
裾に棚田が広がる丘の上にある、一番広い畑に連れていってもらいました。
オクラ、ナス、ピーマン、カボチャ、豆、里芋・・・いろいろな野菜が育っていました。パートも雇用し、メンバーで手が空いている人も交代で作業に当たります。「特に除草作業が大変だ」とこぼしながらも、カボチャを指し比べその収穫タイミングをレクチャーしてもらいました。
カボチャは切り口にコルク状の筋が増えてきたら収穫し、切り口がコルク状になるまで追熟させると適度に水分が飛び甘みも増します。イチジク同様、それぞれの野菜も状態を見極めて、これなら大丈夫と思うまでは販売しません。今年は雨が続き受粉ができず花のまま落ちてしまうものも多く苦戦しているそうです。
多くは語らない鈴木さんですが、日向や野菜の話になると別です。農地が少なくて小さな畑が多く耕作放棄地になってしまいやすい現状や、里芋の葉を傘代わりにしていた昔の想い出話なども交え、日向のために自分ができる農業をしっかり続けて行きたい、と笑顔を見せてくれました。