水沼神社の湖水ヶ池は周囲約一キロ。アカウミガメが上陸する富田浜から防風林を隔てたところに、穏やかに広がります。初夏、蓮の白い花が咲く頃、池は観光地として賑わいをみせます。それが秋になり蓮の葉が枯れると景色は一辺、池ではレンコン掘りが始まります。レンコン(蓮根)は蓮の地下茎で、水田や湖沼で栽培されることが多く産地も限定的です。江戸時代に種を持ち込まれ、以後脈々と受け継がれる湖水ヶ池のレンコンは「水神さんのレンコン」と呼ばれ、神社の氏子によって今も収穫されています。
「昔は、(神社周辺の地区は)豊かなところだ、と言われたこともあります」と宮司の宇都宮さん。「氏子の大半が農業を営んでいた頃は、夏の稲作と冬のレンコン掘りの二本柱で生計が成り立っていた」と言われているそうです。
なるほど、湖西に並ぶ家々の造りや門構え、石垣からそれが十分に感じられました。
水神さんのレンコンを収穫できるのは、歴史上のやり取りで決められた、限られた地区の氏子のみ。毎年3月21日の春祭りで池の区画の割り振りが決められ、10月から3月頃にかけて各々が池に入り、レンコンを掘りあげていきます。現在、レンコンを販売しているのは数人で、ほとんどの人は家庭用に少しずつ収穫するだけです。
「取り切らないですよ」。自分たちが食べる分だけ・必要な分だけ掘り取り、残されたレンコンからはまた芽がでて花が咲く。湖水ヶ池の水神さんのレンコンはそうしてまた次世代へと受け継がれて行きます。
レンコンの由来については「大和の国から導入された」と口承で残るのみでした。それが2013年12月、大学の研究調査により湖水ヶ池のレンコンが奈良県に現存するレンコンと遺伝子的に同じであることが確認されました。
レンコンは奈良時代の書物にも食用として登場する、栽培歴史の長い野菜です。一般的にスーパーで売られている、コロンと丸いレンコンは明治時代に中国から導入された品種で、在来種のレンコンは細長くてスマートな形をしています。大きい物だと2mになるものもあるそうです。掘り上げられたレンコンは弓形に軽くカーブしていて、軽い。
また、在来種のレンコンは特に食物繊維が豊富で、長く糸を引くのが特徴です。池に入ってレンコンを掘らせてもらった時も、泥の中でも糸が見えていました。割って両側に引っ張ると、白くて細い糸が無数につながります。
栄養価が豊富で貴重な在来種のこのレンコンを、「量産しよう」という町の計画が以前にあったそうです。ただ「よそに種を移しても不思議と太りませんでした。花までは咲くんですが。湖水ヶ池でしか身が太らないんです」。時には海水も入り込む湖水ヶ池の水質か、サラサラの泥の成分か。水神さんのレンコンは、水神さんの池でしか育たないレンコンのようです。
水神さんのレンコンは、自然のままに育ったレンコンで、人が肥料をあげたり薬をかけたりすることはありません。取材中、何度も聞いてしまいましたが、「人の手が入るのは収穫するときだけ。それまでは何にもしない」のが水神さんのレンコンなのです。
一般的な栽培でも、レンコン栽培は労力・コストの7〜8割が収穫だと言われていますが、その収穫以外の手間ひまがゼロだというので驚きました!
さてそのレンコン掘り。手作業で掘ります。私も干上がった池のほとりでレンコン掘りを教わりました。「レンコン掘りは、レンコンの下についているまたごを見つけるところから」とキラキラした瞳で、ことこまかに教えてくださった宇都宮さん。
泥の上に無数に出ている蓮の茎をざっとみて目検討をつけると、そのうちのいくつかを引っ張って確認しながら「これが簡単にぬけるやつは違いますよ」「またご*の向きと、またごに何節ついているかで、どの方向にレンコンが何節ついているかが分かるんですよ」、と泥にスコップを入れてサクッと掘りました。
池を見つめながら、子どもの時に遊びながら自然と掘り方を覚えた、と昔を懐かしむように話す宇都宮さん。昔は海と池で遊びながら沢山のことを学んだ、と子どもたちに思いを馳せる園長先生の顔でした。大事なのは自分の目と手と経験だと、教わりました。
*またご・・・レンコンの節から下に向かって出来る、小さなレンコン
レンコンは節の上から下にかけて食感が変わります。最も大きい第一節の肉質が最も柔らかく、下の方に行くにつれ繊維質が強くなっていきます。新富町でのレンコン料理の定番、レンコンと鶏の煮物に使うのも、第一節か第二節がお勧めです。
この水神さんのレンコンはホクホク感が強いレンコンで、煮物にするときも2cmくらいの厚みで切って料理してもホックリとした食感で食べやすく、ジャリッとしたレンコン特有の固さはありません。また煮物にしてもしっかりレンコンの糸を引いたままです。
レンコンにはクセや香りがほとんどなく、煮物のうまみが全体に均一に染み渡ります。「いりこ出汁でレンコンを炊くと冷めてもおいしいよ」、と料理にも詳しい宇都宮さん。
レンコンの末節のほうは細くてひょろ長く、一般的にイメージするレンコンらしいシャキシャキとした食感を楽しめます。「薄切りにしてキンピラがお勧め。簡単」と宇都宮さん。実際に私もレンコン料理をいくつか作ってみましたが、一番簡単だったのがこのレンコンのキンピラ。スライサーで輪切りにしたレンコンを、ごま油で炒めて、てん菜糖と醤油とゴマで味付け。トウガラシを振ってピリ辛にすると、焼酎に良く合いました。
宇都宮さんに一番好きな食べ方を尋ねると「ごりごり汁だね」と即答。ごりごり、とはレンコンを洗ってそのまま「ごりごり」とおろし金で粗くすりおろしたもの。これを特にみそ汁に入れて飲むのがお勧めだそうです。私も鍋物に「ごりごり」をかけて食べました。ふっくらした食感とふんわりと甘みを感じました。
今回は取材にあたり、直売所、飲食店、町役場などでもいろいろな方にお話を伺いました。レンコンは生活の一部として町の人たちの中に、しっかり根付いていました。
宇都宮さんによると、小さい頃の湖水ヶ池は子どもたちの学校であり遊び場でした。「大きい子どもが小さい子どもの面倒をみる。お腹がすいたら蓮の実をとって食べた。虫取りをするときは、蓮の葉を上で結んで虫かごにした」。数年前に用水路として整備されてしまいましたが近くを流れる小川があり、そこから水も湧き出て池にも流入していていました。「昔は(湖水ヶ池のことを)池ん川と言ってた」。
今では、親が子どもに怪我をさせないように気を配るあまり、子どもたちが池や蓮から遠ざかってしまった、と少し寂しそう。
レンコンの茎にはトゲがあり、枯れた茎でも鋭いトゲがしっかりついています。「危ない事を全くさせないのはダメよ」と、なぜ危ないかを教えること、その対処法を体験させることで子ども自身の危機対応能力もあがること、池はそれを学ぶところでした。「成長するためには知識と経験どちらも必要なんですね」と私がいうと欠かさず「そう、その通り!」。「レンコン掘りと一緒ですね」と笑い合いました。
水神さんのレンコンは、お正月用の食材として必要不可欠。普段は掘る権利のない人もこの時期は「ほらしゃんとー(掘らせてもらっても良い)?」と知り合いに声をかけ、池に入ってお正月用のレンコンを収穫させてもらう。その場合は後日お礼に漬け物なんかが届くそうです。レンコンが人と人の会話や交流に一役も二役も買っている姿を知って、なんだかとっても嬉しくなりました。