森と川の間に挟まれた濱中さんの養魚場に並ぶ、大きな水槽。養魚場には水槽に水が注ぎ込む音が静かにこだまします。濱中さんの目線の先にある水槽には、ゆったりゆらぐように泳ぐチョウザメ。体調1.5m以上はあろうかというチョウザメが、全身を優雅にくねらせ、緩やかな水流を作りだしていました。水槽に近づいて覗き込むと、黒い影が静かに近寄ってきました。チョウザメは大人しいんですね、と言うと静かに笑う濱中さん。
チョウザメはサメではありません。うろこが蝶の形をしていること、尾ビレの形がサメに似ていることに由来する名前です。世界最大の淡水魚で、世界三大珍味『キャビア』はチョウザメの卵です。
宮崎のチョウザメ研究が始まったのは1983年。ロシア産のチョウザメを譲り受け、宮崎県水産試験場内水面支場(旧小林分場)で研究を重ねました。そうしてチョウザメの稚魚を育てる技術、魚肉に含まれる機能性成分の分析、キャビアの製造技術など、生産から利用に至るまでの技術を確立。
現在、その技術は県内養殖事業者に提供され、県内のチョウザメ飼育尾数は日本一。新しい宮崎の特産品として期待が高まります。「キャビアは沢山はとれないけど質は良い。質の良さを売りにして、いずれは世界に出て行きたい」濱中さんの目標の一つです。
濱中さんが代表を務める宮崎キャビア事業協同組合は、2013年設立のまだ新しい組織。「キャビア事業協同組合があるのは全国でも宮崎だけ。連携して生産者が増えたら、チョウザメ養殖は宮崎県の一大産業になる。現在15社いる組合員を25社に増やしたい」。宮崎で100億円規模の産業が育つ、とチョウザメの可能性を語る濱中さんの瞳はキラキラ輝きます。
濱中さんがチョウザメを知ったのは8年前の12月。経営していた建設会社は公共工事の受注が減る時流の中で、潮時だ、そろそろ会社をたたもう、という頃でした。
「知人が県庁にいてね、(建設会社をたたんだ後に)次に何をしようと相談にいったんだよ。そしたらチョウザメ養殖を教えてもらってね、早速年末に奥さんと二人で(チョウザメ研究機関を尋ねて)小林まで行って、話を聞いて、チョウザメを見てそれで年明けにはやることを決めたんだ。3月には最初の稚魚を導入してね」。決断の早さにびっくり。
65才からの挑戦にも不安はなかった様子。「仕事が好きだからねぇ、おもしろそうだな、趣味的に始めてみようと思ったのが始まり。2〜3年したら趣味の範囲じゃおさまらなくなって」。おもしろそうと思ったらやってみる。チョウザメの可能性を信じて疑わない。
2013年11月、濱中さんが待ちに待った「宮崎産キャビア」の販売がスタート。濱中さんがチョウザメ養殖を初めて8年、夢にまで見ていたキャビアは「問い合わせが殺到した」。一般販売価格20g 12,000円にも関わらず、年の瀬を待たずにあっという間の完売でした。今年も既に予約分で完売。
どんな時が一番嬉しいですか?楽しい時は?と尋ねると「キャビアがたくさん入っていた時だね」と満面の笑みで答えてくれました。「(チョウザメの)お腹を開けてみないと分からないけど、2キロとか3キロとか入っていると本当に嬉しい」。取材に立ち合ってくださった濱中さんの友人によると、キャビアがたくさん入っていたかは「帰ってきた顔をみれば分かる」というほど表情が違うようです。
もちろん養殖を始めるにあたって、えさ代だけで月間数十万円、水槽の設備投資も含めると数千万円初期投資にかかった、と濱中さんがいうほど相当な資金が必要なことは確か。採卵まで通常10年はかかるといわれており、その間は鮮魚を出荷する以外はほとんど収入がありません。それでもチョウザメ養殖を続け、前向きに取り組むのは宮崎の新しい産業としての可能性を信じているから。「これからの宮崎のために。」濱中さんは組合を引っ張ります。
キャビアの印象が強いチョウザメですが、その身のおいしさも魅力の一つ。私も刺身、お寿司、唐揚げで食べたことがあります。特に初めて唐揚げで食べた時にはふわっとしたその食感に驚きました。ほんのり甘みを感じたような気もしますが、一番は驚いたのはその食感と身の白さ。他の白身魚にはないもので、ふぐと近い食感、と形容されることが多いそうです。刺身で食べるとクセがなく、しっかり身の詰った淡泊な味でした。おいしかったなぁ。
チョウザメの身は、ヨーロッパでは「ロイヤルフィッシュ」と呼ばれ、高級食材の一つに数えられているとか。中でも県内で力を入れて養殖しているシロチョウザメの魚肉は、透明感と光沢があるきれいな身としっかりとした歯ごたえが特徴です。
また部位によってフグ、カンパチ、ヒラメ、アンコウ、スッポンに似たさまざまな味と食感が楽しめる食材とも言われていて、聞いてるだけでもワクワクしてきます。
「チョウザメの刺身は美味しいよ、薄切りにしてカルパッチョもいいし。お酒にもあう。チョウザメは軟骨だからコラーゲンがたっぷりで、鍋もいいよ。骨はスープにしたり、唐揚げにしたりしても美味しいよ」。知れば知るほどその魅力にはまっていったという様子の濱中さん。お腹が空いてきました。
また身だけでなく、チョウザメのチョウチョの形をした鱗は縁起物で、コサージュとして販売もされています。保管していた物を見せて頂きましたが、キラキラと優雅に舞うチョウチョが見えました。
養魚場での撮影が終わったあと連れていってもらったのは、大きなキッチンと洗い場、大きな冷凍庫がある加工場。チョウザメの身を保管している加工場は真新しい建物で、隣にもう一棟建設中でした。「加工と、さばくのと、それぞれ製造許可をとるためよ」。濱中さんと友人と二人でチョウザメの加工にも取り組んでいます。
キャビアは組合を通して一括販売をしていきますが、卵をとったチョウザメは個々人で加工や販売をすることができます。今はその試作中で、早ければ来春にも商品販売が始められるそうで、こちらも楽しみ。
濱中さんによると、今後チョウザメ養殖を産業化するに当たっては①養殖技術の安定化②加工品の開発、の二つが必要です。
特に、チョウザメ養殖の技術開発をした水産試験場が、生駒の湧水で、一定の条件下でチョウザメを飼育できていたのに対し、それぞれ養魚場の水温や水量条件は天候に左右され変化も大きく、試験場と同じ状態での養殖はほぼ不可能。採卵の量も「開けてみないと分からない」と「全然安定しない」と言います。技術を養魚場で実際に生かすためにはこれから養殖業者が頑張らないといけない、と決意を新たに、濱中さんは2015年チョウザメ養殖歴9年目を迎えます。