4月。前田さんの白い作業小屋には二羽の燕が。真理子さんが研修生と作業をしている上を、自分も忙しいんだと言わんばかりに、出たり入ったり飛び回っています。「毎年くるよ、人がいると(燕も)小屋に帰ってくるんだよね」「燕が巣にいる間は、小屋の扉は締められないよ」「もう卵を産んだのかな」と。もう何年もやってくるという燕を、目を細めて見上げる真理子さん。
福岡で生まれ育った真理子さんは、大学進学にあわせて上京。その後、練馬区立の重度の障がいを持つ人々のための通所施設に勤務。利用者が野菜を育てる農園班にいたこともあるそうです。
その時のことを、後に新聞に投稿した中でこう記しています。「ここで見られた利用者のみなさんの解放感溢れる表情は、自然の与えてくれるものの大きさを教えてくれた」。「土に親しむことで自ら癒されていたように思う」。
現在前田農園では6ヶ所ある田畑でお米や野菜を育てていますが、働き手は夫婦二人と農業研修生一人の三人。更に真理子さんは綾町有機農業婦人部の部長や、JA女性部の部長などを歴任し、地域農業のために、と忙しい毎日です。
前田農園で畑の土作りや作付けを担当するのは、健さん。健さんと真理子さんは、東京の同じ病院で働いたのがきっかけで、出会い結婚。その後も都内の福祉施設で働いていた真理子さんでしたが、あるとき突然健さんが「農業を始めることを宣言」し、悩んだものの幼い娘二人と家族全員で健さんの決意について行くことを決心。その時の思いを真理子さんは「家族は一緒にいたほうがいい」「モルモットやうさぎすら怖がっていた娘に自然の懐で育ってほしいという願いもあった」と記しています。
その後、健さんは三ヶ月の農業研修へ。翌春一家で長野県伊那市に移住し、農家としての生活をスタートしました。自給自足に近い暮らしで、育てた小麦で天然酵母パンやクレープ、うどん、などを作って食べたり、味噌やたくあんを漬けたり「とにかく何でも手作りしていた」そうです。今でも真理子さんは料理の話になると目を輝かせて、いろいろ教えてくれます。綾町に移住してきてからは農地も取得し、田畑の面積も広くなり、出荷先も増え、なかなかゆっくり料理をする時間がとれないのが残念そうです。
農薬や化学肥料を使わないのはもちろん、「環境にも配慮した有機農業」が前田農園のコンセプト。 「地球環境にも優しいものは人間の体にも優しい」。「そんな野菜は美味しい」。前田さん夫妻と話をしていると、体に優しい美味しい野菜を育てる、と強い信念が伝わってきます。
例えば昨春、前田農園のトウ立ちが始まったニンジンを大量に頂いたことがありました。それは「トウ立ちが進んだニンジンの味」を研究するためでした。
特に春は根菜系の野菜のトウ立ち(※1)が目立ってきます。それらは掘り起こし、葉っぱを切り落とす作業の中で、包丁を通じて伝わってくる株元の固さと見た目で、慎重に見極めて、結果半分以上が捨てられていました。
そして気温が高い日が続くと、畑に残っているニンジンは出荷されないまま畑に還ります。
結論、前田農園ではトウ立ちが進んでいても味に影響のないニンジンは沢山ありました。それでも「美味しくないニンジンは一つでも出すことは出来ない。だけど美味しいニンジンをなるべく長く食べてほしいから」。手間ひまはかかるが、いい野菜だけを選んで提供し続ける姿勢。大きさや形も含めていわゆる『A品』の基準も、市場の出荷基準以上に厳しく選別されていました。利益追求だけではない、心のこもった前田さん夫妻の思いがしっかり詰まったニンジン・・・。その日はニンジンをポタージュスープにして美味しく頂きました。
- (※1) トウ立ち
- 植物は、暖かくなると、茎をのばし、葉をひろげ、花を咲かせ種として自分の遺伝子を残そうとします。春になり気温が20度に届く日が出てくるようになると、一冬越したニンジンは畑で一気に茎を伸ばし始めます。そうなると、まだ畑に埋まってながら、中心の繊維が固くなったニンジンや、色が薄くなったニンジン、白くて細い根っこがびっちりとついたニンジン、などいわゆる出荷出来ないニンジンが出てきます。
実は、健さんは福祉の仕事に就く以前から環境問題に強い関心がありました。地球にとって優しい職業とは何か、自分がすべき仕事は何か、長い間考え抜いた末に「農業が自分の進むべき道、生きる道」と答えがでて農業を始める決意をしたそうです。
前田農園を初めて訪問した2012年の夏の日。「オクラが美味しかったです、話を聞かせてください」と突然連絡してきたみず知らずの私にびっくりしながらも、二人でただずっと話を聞いてくれた時のことを思い出します。「一人でもたくさんの人が自分でおいしい野菜を選べるようになってほしい。肥料や水、環境など栽培の情報も含めて情報発信をしたい。おいしい野菜を広めたいんです」という私の話を、時に深くうなずきながら聞いてくださいました。
そうして教えてもらったのが先に話した農園のコンセプト。「家畜の堆肥をはじめ有機肥料と言われるものでも使いすぎると畑を汚し、川や海に流れ出る。野菜も美味しくない。そうならないように量はもちろん、窒素分が多すぎないように適切な肥料を使う」ことに気をつけていると教えてくださいました。
前田農園は今まで大半の取材を断ってきました。それは思いがあまりにも真っすぐで正直だからだと私は思います。自分たちが育てた野菜を通じて自分たちの思いをしっかり届ける、という真面目な思いは、宅配セットに同封されている「農園便り」にも表れています。毎月真理子さんが手書きで農園の様子や作業の様子をしたためたA4一枚の紙。そこには正直な農園の様子と前田農園の思いが綴られています。宅配セットは、多い時には月に60軒以上に発送。もう何年も取り続けているリピーターさんもいらっしゃいます。
私が前田農園で一番好きな野菜はニンジンです。ニンジン本来の香りは爽やかで、ぽりっと食べると一口目から溢れ出す甘さとその食感が大好きです。前田農園では、宮崎市内を中心に個別宅配と、関西・関東方面へ野菜セットの発送をしています。長年利用されている方は「昔の野菜の味がする」と年配のお客さまが多いそうです。わかるなー、私もそういう野菜が大好きです。
また前田農園では出荷量が多いのに、味にブレがないなと思います。去年と今年もそうだし、出始めから終わりまで香りや味わいが一定以上なのです。この技術はすごいなと、いつも尊敬しています。何度も「どうしたらこんな味になるんですか?」と聞きましたが、特別なことは何もない、と健さんは笑います。
土作りに使うのは、堆肥、ボカシ肥、緑肥、自家製微生物資材。肥料も米ぬかなど。「土作りは全ての野菜の基本になるもので全て一緒。作物によって石灰の量を変えたり多少調整をするくらいかな」「有機質肥料を畑に入れて一ヶ月以上時間をおいてから植え付けをするんだよ(ここまでおくのは珍しい)」「それぞれの野菜の旬の時期に種まき」「野菜の手入れの大半は草取り」。特別なこと、つまり人間の都合にあわせる農業ではなく、自然の流れに沿った農業をすることがポイントなんだろうな。そこで育つどものような無垢な野菜が、前田農園の美味しい野菜なんだろうな。
前田農園は、今後も「更に質・量ともに安定して野菜を提供し続けること」を目標にされています。前田農園『季節の旬野菜セット(7種、2,000円(送料込み))』も受付中です。
- 販売先
- ボンベルタ地下一階 真ん中市場(宮崎市)、みやざき感動市場(宮崎市)、フーデリー霧島店・高岡店(宮崎市)