初めてこちらの卵を食べたときのことを覚えています。卵かけご飯で頂きました。割ってみたら黄身の色はレモン色でした。「卵に張りがあって、ものすごく優しいコクがあるなぁ」というのが第一印象。それから数ヵ月後、『自然農園こころ』を訪問しました。(そのときの様子)
今回取材時に頂いた奥様 弓枝さん特製の手ごねパン。取材中に話をしながら、一人で5切れも食べてしまいました。こちらの卵がたっぷりと配合された生地はしっとりとしていて甘すぎず、チョコとラズベリーがいいアクセントになっていました。食感が特に印象的で、口どけがよく、食べる手が止まりませんでした。シフォンケーキやプリンを作ると「仕上がりが違う」とカフェやパン屋さんにも好評だそうです。
また「生卵は苦手だったけど、黄身特有の臭みがなく生でもおいしい」「他の卵ではアレルギーがでる子どもでも、アレルギーが出ないから安心して食べさせられる」といったお客様の声も教えて頂きました。
現在岩切さんは、国富町内で約200羽の鶏を放し飼いにされており、冬でも日が昇る前から世話に出られているそうです。『自然農園こころ』の鶏の生活は、人間の生活と同じように考え「私の朝食前に鶏さんの朝食、私の昼食前に鶏さんの昼食」が日々の基本だそうです。
いわゆる「家畜の餌」を食べてみたくなったのは初めてでした。とてもおいしそうな香りがするのです。麹菌などで発酵させた米、大豆、麦で出来た「味噌風のえさ」、米ぬかにいりこ、昆布を漬けた「ぬか漬け風のえさ」、それらにくん炭を加え自家配合したものが餌になります。原料は人間でも食べられるものばかり。他にも野草や野菜なども与えています。鶏の体調が悪そうな時は、抗生物質を一切使用せずにウコンや唐辛子、桑の葉など民間療法の知恵を利用したスペシャルドリンクを飲ませて免疫を高めているそうです。
一般の養鶏場では、えさを長期に保管するために防腐剤が使用されています。この防腐剤が卵アレルギーの一因とも言われているため、こちらでは使用せずにえさを発酵させることで保存性を高めています。鶏が食べたものは食物連鎖を通して卵となり、人間の口に入るものだから安全性には気を遣われているのです。
岩切さんは、卵のお客さん達と月に1回、自分でお米を育てる<田んぼの会>という学びの場を開いています。
田んぼの会では自然農でお米を育てています。自然農とは耕さないのが特徴的な農法で、生命の積み重ねを大事にします。前年の稲株もそのままにしておき、稲わらも田んぼに戻します。草の根や小動物が土を耕し、微生物が枯れ草や稲わらなどを分解します。そうすることで翌年の稲が育つ環境が整います。十分な実りを頂くコツは、「適期に適格な作業で応じる」、「自然に沿う・作物に沿うこと」と岩切さんはアドバイスしてくれました。
私も、2月9日に行われた会に参加させてもらいました。晴天で、2月とは思えないぽかぽか陽気でした。クワを手に、田んぼの中にある溝さらいとあぜの修理・補修の作業。大人も子どもも「かわいいピンクの花が咲いてる」「もぐらの穴があった」「てんとう虫がいるよ」と田んぼでの発見を楽しんでいました。クワを持てない小さな子どもたちもそれぞれ自由に過ごし、大人の手伝いをする子どももいれば、座って土で遊び出す子どももいました。
月に一度、必要な時期に必要な作業をすることでもたらされるお米。このやり方なら未経験の私でも出来そうです。参加されている皆さんもとても楽しそうでした。そうやって、命を育むことに幸せを感じるのは、家族でも農業でも一緒なんだなぁと、温かく幸せな気持ちになりました。
取材中、岩切さんは「すべてはつながっている」という言葉を繰り返し使われていました。例えば、「目の前にある生命(鶏や稲)が喜ぶ」と「美味しい恵み(卵や米)が頂けて」、「卵や米が美味しいとお客さんは喜んで下さる。」そして「お客さんに喜んで頂けると私のこころが喜ぶんです」と。それは『ありがとう卵』という卵の商品名にも表れています。商品名の由来は「鶏さん、産んでくれてありがとう」「お客さん、買って下さってありがとう」「今日も私は田畑に立ち続けられてありがとう」との想いからだそうです。
「過去から未来へもつながっている私たちだから」と自宅も古民家を改築し、木の温もりに溢れた素敵な空間になっています。「ただ単に昔に帰ろうと思っている訳ではないんです。古いものから大切なものを受け継ぎ、新しいものを取り入れまた未来に受け継いでいきたいんです。だから薪を燃料に使う床暖房も新居には取り入れてみました。」ご自宅の欄間は曽祖父の時代から使われていたものを移築されたそうです。欄間には立派な鶏の模様が彫られておりご先祖様からのメッセージのようです。私もこれを見て、ご先祖様があっての自分という存在を本当にありがたく感じました。同様に、子孫に残したい社会や環境を今から作っていく必要性を強く感じました。
弓枝さんは4年前から手ごねパン教室「BREADCOCORO」をご自宅で開いています。「手ごねでのパン作りは、作った人の愛情が手からパンに伝わり、その人ならではのおいしさがある」と今まで多くの人にその魅力を伝えてきました。そんな弓枝さんの夢は「自家栽培の小麦を使って理想のパンを作ること」。宮崎は小麦の収穫期と梅雨入りが重なることが多く、小麦の中のグルテン量が少なくなってしまうため、現在は北海道産の小麦を使っているそうです。そのため今年は岩手県の農業試験場から新品種「銀河のちから」も取り寄せ義明さんが育てています。現在小麦は5~10cm。まだまだ小さな麦ですが、「今年は期待できそう」と微笑む弓枝さん。初収穫が楽しみです。
またパン教室の他にも、毎月「手づくりの会」を続けています。その中でも味噌作りは毎年の恒例で、今年は義明さんが育てた大豆と米を材料に使用したそうです。義明さんが育てたものを弓枝さんが調理することで、食や手作りに興味がある友人が集い、楽しくおいしい時間を過ごされているということでした。
「手作りの会」のお話を聞いて、栽培から食べるところまでの流れが義明さんと弓枝さんお二人で出来ていることに感動しました。大量生産・大量廃棄などのキーワードで語られる、食の現状を見つめなおす上でのヒントを示してくれているようです。生産者の思いのこもった作物を、その想いも伝えながら調理方法を教えて、実際に食べてもらうことが出来るのは大きな意味があると思いました。今後もお二人の息の合ったコラボレーションが楽しみです。