取材に訪れたのは宮崎県延岡市北浦町。宮崎県の北部にある海辺の道の駅です。宮崎県北部の海は、独特のリアス式海岸。県南とはまた違った雰囲気を楽しめます。撮影は3月の下旬。宮崎市を出発して、東九州自動車道を北へ。車窓から見える景色はどこも桜が見頃を迎えていて、黄色い菜の花とのコントラストが眩しい風景も楽しめました。
道の駅北浦は、飲食や物販だけでなく、夏場を中心としたマリンレジャー、ケビンやオートキャンプ場、コンサートホールなどもある総合レジャー施設です。また、北浦の美しい海の恵みを活かして昔ながらの製法で海水から塩を作っています。そのため、道の駅の中に塩田・塩の資料館も併設し、かつての塩田や塩作りの様子を知ることができます。以前は、「浜木綿塩」として親しまれていましたが、現在は「月の塩」という名前に変えてリニューアルしています。この北浦「月の塩」について、道の駅北浦支配人の畑野真一さんにお話を聞きました。
お話をうかがう為に通して頂いたのは、大きなガラス窓から下阿蘇ビーチを見渡せ、窓を開けると波の音が聴こえてくる大広間。BGMにはモーツァルトがかかっています。窓際には、出来上がったばかりの塩が畳半畳ほどのケースに入れて並べられていました。
「自然乾燥か何かの工程ですか?」と聞いたところ、「塩に波の音と音楽を聴かせているんです」という、驚くべき答え。ブランド名を「月の塩」に変えた頃から、酪農などでも取り入れられているモーツァルトの曲を流し、塩がとれた海の波の音を聴かせる取り組みをしているとのこと。
北浦の浜木綿塩から月の塩へのリニューアルを手がけた畑野さんが道の駅北浦の支配人着任したのは2013年。着任した当初は、仕事がハードで夜遅くまで仕事をする毎日だったそう。事務所で行き詰まっていたある夜、リラックスしようとビーチに出たところ、ちょうどその日は満月。とても静かな水面に満月が海面に雫が滴るように映っている美しい光景を目にし、また沖縄と高知へ視察に行った際、塩職人の方から「美味しい塩ができるのが満月の時」と聞いたことから新ブランドの塩は「月の塩」と名付けられました。
「月の塩」を作る海水は、環境省が定める全国海水浴場100選に選ばれ九州では唯一特選に選ばれている下阿蘇ビーチから取られ、その水質は九州ナンバーワンとも言われています。味にはパンチがあり、塩味がしっかりした中に甘みも感じ、後に引かないさっぱりとした味覚。実際に使っている料理人からは、結晶が小さいので味の調整がしやすいと好評なんだそう。
畑野さんは、いかに多くの人に店頭で商品を手にとってもらい、また台所での料理の際に使い易くするかを考え、ブランド名だけでなくパッケージも工夫しました。ビニールでの個装から、使い勝手の良いジップ付きのスタンドタイプに変え、女性をターゲットにしたお土産品にという発想で、新商品に生まれ変わりました。
松尾芭蕉が残した「不易流行」という言葉があります。いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこの精神を、畑野さんは仕事を進める上での理念としているのだそうです。かつて、地域の人や製造する従業員にも愛され思い入れもあった浜木綿塩から、月の塩へのリニューアルはまさしく地元の宝を新しい形に変えて次の世代へと残していく「不易流行」そのものです。
2016年からは事業も黒字化に成功し、見据える先は日本食がブームとなっている海外。牛肉や果物など高級食材の進出は進んでいるものの、調味料の海外進出はまだまだこれから。北浦町の美しい海から生まれた「月の塩」。海の向こうの遠くの街で、料理に一味加える存在になる日が近いかもしれません。