国富町の大通りを一本入った静かな旧道、本庄稲荷神社や本庄小学校のある通りにあるこじんまりとした店構え。町の名物白玉饅頭のお店「井上白玉屋」にお邪魔したのは梅雨空の午前中でした。「ごめんください」とお店に入って、まず驚いたのが、商品ケースに掲げられた売り切れを知らせる立て札でした。
お店の中にある6畳ほどの作業スペースで追加の白玉饅頭を作りながら取材に応じてくださったのは、店主の井上三男さん。ご挨拶をしてお話をさせて頂いている間も注文の電話が鳴り、奥さんの涼子さんが対応する程の人気ぶり。忙しい時間帯にお邪魔した事に恐縮しながら、白玉饅頭作りを実際に見せて頂きました。
饅頭の材料となる米粉は、えびの産のヒノヒカリを自家で挽いたもの。米を洗って糠を取り、天火干しで約2日間乾燥させ、製粉機で米粉にします。熱湯で粉をこねたものをセイロで蒸した後、さらにもう一度機械でこねるという工程。この後に、餡を入れて丸めて蒸し器で仕上げます。餡は水飴などは使わず、甘みはザラメのみで加えるのがこのお店のこだわりなんだそう。この最後の、餡を入れて丸める作業を体験させていただきましたが、餡も饅頭の部分も全て目分量。少しだけ餡を欲張った大きめの饅頭ができてしまいました・・。
ピカピカに蒸し上がった一口サイズの白玉饅頭。手作りならではの不揃いな佇まいが素朴な可愛らしさを感じさせます。白玉饅頭のルーツは幕末の天保の頃に遡ります。国富町本庄六日町の宮永和助・シカ夫婦が、宮崎県の南部日南市にある鵜戸神宮の参拝に行った時のこと。参拝の帰りに堀切峠の茶屋で芋だんごを食べたところ、その美味しさに驚き、作り方を習って工夫を重ね、芋の代わりに米粉を用いて作ったのが白玉饅頭とされています。白玉饅頭を作り続けているのは、国富町内で四軒。
中でも、井上白玉屋のこだわりは竹の皮で包み、南天の葉を飾る昔ながらの包装です。井上さんご自身が独りで1年分の竹の皮を拾うというその数はなんと7000枚。筍の時期から梅雨が始まる前のほんの短い期間に山に入り、一気に広い集めます。この時期に雨が降ると竹の皮の縞模様に白い痣が入ってしまうそうなのですが、今年は梅雨前に好天が続いたため奇麗な竹の皮を沢山拾う事ができたと、顔をほころばせていらっしゃいました。
「出来立てよりも、少し冷ました方が歯ごたえが出て美味しいんですよ」と奥さんの涼子さんに薦めて頂き、試食に一口。甘過ぎず、ザラメのコクがしっかりと餡の風味を押し出す懐かしい味で、もう一つ、あと一つと止まらない美味しさです。毎朝4時から三男さんが一日に300個から500個の饅頭を一個一個丁寧に丸めて作り、お姉さんと奥さんが、包装や、注文の受付、配達を行うという家族ぐるみの体制で、祖母の代から約150年。二代目の母親が他界した時には、閉店も考えたと言います。しかし、三男さんのサラリーマン時代から奥さんの涼子さんは先代を手伝い、店の切り盛りの要領を会得していました。そして三男さん本人も幼少時代から経験してきた手伝いと味の記憶を頼りに、昔ながらの白玉饅頭作りを今に引き継いでいます。
サラリーマン時代は機械や設備の設計関係の仕事をしていたという三男さん。お店に置かれている竹籠は手編みで作り、カマドや厨房の道具も自ら設計するという徹底ぶり。先代が他界した71歳まであと2、3年はお店を続けたいという控えめな語り口でしたが、まだまだお元気でご夫婦仲良く国富の名物を守り続けて頂きたいなと切に思う今回の取材でした。