宮崎市の中心市街地では、月に一度「街市」というイベントが開かれる。宮崎県内の食を中心とした出店ブースが立ち並び大勢の買い物客が訪れる。去年の秋、コミュニティFMでその街市の様子を生放送で伝える特別番組を放送した。オンエアが終わって、ホッとしながら街市会場を歩いている時に、出逢ったのが出店者で椎茸生産農家の黒木慎吾さんだった。
まず、驚いた。椎茸を？ピクルスに？ 原木しいたけの新商品紹介として、椎茸ピクルスの試食販売をしていた黒木さんに、満面の笑顔で味見を薦められたが、すんなりとは口に運べなかった。椎茸もピクルスも大好きなのだが、この二つの足し算は予想外だったからだ。目をぎゅっと閉じてえいっと口の中に運ぶと、まずはあのピクルスの酸味、ほのかな甘味、肉厚の椎茸の弾力がある噛みごたえの気持ち良さと、後からやってくる椎茸独特の香りと旨み。「あれ?美味しい?」という、私の反応に、いつも笑顔の黒木さんはさらにビッグなスマイルを見せてくれた。
黒木さんと原木しいたけとの出会いは、サラリーマン時代。
高校卒業後、全国チェーンの青果物店で働いていた黒木さんは、屋内施設でおがくずなどを用い人工的に生産される菌床栽培の椎茸と、原木に椎茸の菌を人の手でひとつひとつ植えていく原木栽培の椎茸の違いに衝撃を受ける。仕事中の試食で出逢った原木椎茸について学んでいくうちに、その美味しさを多くの人に伝え、自ら生産したいという思いが強くなっていった。そして、15年務めた会社を退職し、宮崎へ帰郷。養鶏農家をしていた両親の施設を譲り受け、一から原木椎茸づくりを始めることになる。
原木椎茸の栽培は重労働だ。椎茸を栽培するには多くの手順を踏まなければならないが、例えば、山から切り出して来た木をおよそ1ｍに切り分け、キノコの菌を手で植える作業。原木にドリルで穴をあけ、菌のついたコマを一つ一つ手で植えて、ほだ木を作っていく。ワンシーズンで作るほだ木は約5000本。コマを打つ手作業は実に20万回近くになる。生産には天候にも左右され、鹿児島から宮崎に連なる新燃岳が噴火した際には火山灰により、生産した椎茸をすべて処分したこともある。
黒木さんが全くの初心者から原木での椎茸生産に取り組む心の支えになっているのが、妻の智美さんの存在だ。サラリーマン時代に知り合った智美さんは、千葉県の出身。デパートでお茶の販売員として働いていた時に黒木さんと出逢った。現在は、子育てをしながら、椎茸の栽培も手伝い、ブログを立ち上げ情報発信も行っている。
街市で私が試食した椎茸のピクルスはもともと、智美さんが家庭料理として作ったもの。「毎日のように椎茸を食べているので、アクセントのある一品を作ってみたかった」という智美さんのアイデアが商品化につながった。何度も試作を重ね、宮崎県産の酢や、ローリエを用いた自慢の逸品だ。
智美さんや両親、また椎茸栽培の先輩である地元の方々に支えられながら、黒木さんは、後継者が減りつづける原木での椎茸の生産を次世代につなげようとしている。青果物チェーンで働いてきた経験を活かし、全国各地でのデパート等で行われる物産展などにも精力的に出店している。もし、街で「原木しいたけ茸蔵」の出店を見かけたら、是非立ち寄って見て欲しい。暖かいスマイルの黒木さんが、美味しい椎茸とともに出迎えてくれるはずだ。
取材： 横山美和 （よこやま みわ）
宮崎市出身。宮崎大宮高校を経て、立教大学社会学部へ進学。在学中よりフリーアナウンサーとして活動。２００３年に帰郷しテレビ宮崎入社。現在は子育てをしながらUMKテレビ宮崎、MRT宮崎放送、宮崎サンシャインFMの番組、CM等に出演の傍ら、宮崎県内で絵本とピアノのステージ「おはなしとおんがくの森」の公演も行う。
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