宮崎の観光名所のひとつ青島。その青島地区の突浪川(つくなみがわ)沿いにあるのが、今回取材にお邪魔した長友味噌醤油醸造元です。車社会が発達する前は、蔵に隣接する船着き場から商品を船で運んでいたとのこと。船着き場の跡も残っていて140年以上の歴史を感じさせる昔ながらの醸造蔵です。味噌・醤油造りの様子を見学させてもらって、まず目に飛び込んできたのは高さ2m以上もある大きな木の樽。今や樽に巻き付け固定する箍(たが)などのメンテナンスのできる職人さんがいなくなってしまったということで稼働はしていませんが、その存在感は圧倒的。伝統的な製法を守り続ける作業場の様子を見守っているようでもありました。
ちなみに、屋号の「カネナ」の由来は、大工道具の直角に曲がった曲尺(かねじゃく)を「ナ」の字の上に冠したもの。ここにも、味噌・醤油造りには道具作りの職人さんとの関わりが深かった名残りを感じました。今回案内してくださったのは、塩見裕一郎さん。現在の取り組みやその思いなどについてお話を伺いました。
インターネットで「カネナ」と検索すると出てくるのが、カネナしょうゆ・カネナみそのホームページ。ツイッターやFacebookにも連動していますが、その中で目を引いたのが英語版の動画。味噌を使った料理や、フリーズドライの味噌汁の食べ方が英語で紹介されています。塩見さんによると、海外に向けて商品を出すようになったのは、2010年頃。シンガポールに10年間赴任していた経験を活かし、シンガポールと、香港に販路を開拓しました。当初は物産展のブースで、味噌を山盛りにして量り売りで販売していたのですが、より身近に手軽に生活の中に取り入れてもらおうと、フリーズドライの味噌汁を商品開発しました。
塩見さんは東京の出身。大学を卒業後、スイス系の金融機関に勤務していました。その後、30歳で転勤によりシンガポールへ。赴任中に結婚、一女をもうけますが、後継者のいない妻の実家の家業を引き継ぐために宮崎へ移住しました。生き馬の目を抜くような金融の世界の中にいて、今後どうやって自分の生き方を形作って行くかを考えていた頃、40歳での新たなスタートでした。
10人弱で製造販売、外回りの営業配達までをこなす、こちらの工場では全てが手作り。塩見さんは一つ一つの工程を少しずつ教えてもらいながら、味噌・醤油作りについて学んでいきました。麹の仕込みの撹拌ひとつ取っても、ただ混ぜるというマニュアル的な作業ではなく、様々な工夫や知恵が積み重ねられていることに後々気づくというような奥深さがあるといいます。
醸造蔵の柱や梁は、長年の醤油・味噌作りの過程により、深い飴色をしています。麹を蒸したり、醤油や味噌を熟成させる間に付着した菌や微生物が柱や梁に染み付いていて、それを掃除してしまうと醤油や味噌の味が変わってしまうんだそうです。取材している私たちに丁寧に話をしてくださる姿は、都会、海外暮らしから移住してきた人というよりも、すっかり宮崎の醸造蔵のご主人の表情でした。
海外向けの販路開拓や商品開発は行っているにしても、基本はあくまでも地元での商売と語る塩見さん。カネナマークの入った大きなバンには、醤油・味噌だけでなく野菜や海藻の味噌漬け、ポテトチップなどたくさんの関連商品を積んで、宮崎市内であれば無料で直接配達しています。二代三代とカネナの醤油・味噌を使ってくださる顧客を大切にしながら、海の向こうでも伝統の味を広めて行きたいと、塩見さんの挑戦はまだまだ続きます。