最寄りの東九州道西都ICを降りて車で約1時間。山間を流れる一ツ瀬川に沿って山中へ進むと、平家の落人伝説も残る人口約1,000人の西米良村に入ります。午後からの養魚場取材の前に向かったのは『西米良温泉ゆた〜と』。西米良村内で唯一西米良サーモンが食べられ、刺身、寿司、漬け丼、漬け丼(お茶漬け付き)、唐揚げ、御膳などいろいろな料理で西米良サーモンをはじめ郷土料理が味わえます。ここで、濱砂さん一押しの西米良サーモンの茶漬け丼(お茶漬け付き)と、サーモンの刺身をオーダーしました。
おいしい。お刺身は程よく脂がのって甘みがあって、サーモンの臭みは全く感じません。またその新鮮な食感にも驚きました!通常スーパーで売られているサーモンはチリやノルウェーからの輸入モノが多く、どろっとした食感と脂の臭みが気になることが多くて、正直なかなか積極的には食べていませんでした。西米良サーモンはそんな私のサーモンに対する不安を打ち消してくれました。さらに漬け丼に温かいだし汁を注ぐと、人肌に温まった西米良サーモンはその甘みを発揮。脂身の甘さが更に引き立ち西米良サーモンのおいしさを満喫しました。漬け丼(お茶漬け付き)、お勧めです。
西米良村でサーモンが養殖されていると話すと、大概の人は首をかしげます。「西米良でサーモンが育つの?」「川でサーモンが育つの?」「サーモンて寒いところで育つんじゃないの?」と。
西米良サーモンは、サケ科のニジマスの中でも体の大きなドナルドソントラウトに、食欲旺盛で日本育ちのエゾイワナとかけあわせた井戸内養魚場オリジナルの魚です。つまり、魚体を大きく味がよくなるように、自然界では交雑しない種同士を人工的に受精させて、管理された環境の中で育てたものです。
濱砂さんは、この複雑な掛け合わせの技術や、生殖機能をもたないから自然界に影響はないことなどを、専門用語も用いながらもすらすら丁寧に説明すると「西米良のご当地サーモンですよ」、とまとめられました。なるほど。
山間の谷間を流れる渓流沿いに、わずかに広がる平地。立地を生かして段々に作られた養魚池。西米良サーモンは卵から出荷されるまで、一生をこの清らかな環境で過ごして大きくなります。西米良に訪れたことがある人なら誰でも、ここで育ったサーモンと聞くと、それだけで食べたくなるでしょう。山間の養魚場の景色、谷間にあふれる澄んだ空気、透き通った水、忘れられない景色です。
西米良サーモンは川の水で育つため生育に時間がかかります(水中の酸素量が少ないため)。卵から出荷できる大きさになるまで3〜4年。
卵から出荷まで一貫して西米良産という安全性、注文から24時間以内に出荷できる体制、東京にも池からあげた翌日には届けられる鮮度、そして季節にあわせて少しずつ変化する味わい・・・。淡々と西米良サーモンの強みを言い切る濱砂さん。
世界のサーモン事情も交えて、冷静に慣れた口調で客観的な視点から話し続ける濱砂さんは、まだ20代。「川の水は温度変化があります。どうしても1年中全く同じ味というのが出来ないんです」。
一年中同じ味がいいと要望する声もある事を漏らすと、「西米良村は夏は暑くて冬は寒い。その個性も楽しんで欲しいんですけどね」と、笑いつつはっきりと言い添えました。
サーモン養殖最先端のノルウェーでは、屋根付きの管理が行き届いた室内で、温度調整もしながら育てているため、一年中同じようなサーモンを出荷しているそうです。濱砂さんの話を聞いて、私がこれまで輸入サーモンに感じていた違和感はこれだったのだと気付きました。寒い時期には脂ののった刺身が食べたいけど、暑い夏には脂は少なめでさっぱりした刺身が食べたいです。おそらく四季がある日本人ならではの感覚なのでしょう、まさに西米良サーモンは日本人に合わせた魚です。
四方を海に囲まれた日本では、魚は昔から毎日の食生活の中に必要な身近な存在です。例えば、お正月のおせち料理には、田作りや昆布巻きなど水産物を使った総菜は不可欠で、結婚式などお祝いの席には尾頭付きの鯛が風景の一部になっています。
濱砂さんは、九州は活魚文化であること、そのニーズに合わせて特に刺身で食べられるように鮮度や味わいを大事にしていること、などご当地サーモンらしいこだわりも教えてくださいました。
「大事なのは水とエサなんですよ」「日本人の嗜好に合わせているんですよ。刺身で食べておいしいサーモンです」「食べ物は手をかけただけです」。素朴な味付けの和食にあうサーモンは、生で食べてもおいしいサーモン。
西米良サーモンの、程よく甘みののった脂と、鮮度抜群だからこその食べ応えのある食感。「ノルウェーから(輸入するものは)日本まで届くのに10日かかります」鮮度感のあるサーモンは国産でしか味わえないのです。もちろん、生でも火を通しても、さまざまな調理で味わえます。
濱砂さんは、お父さんが西米良サーモンの開発に成功した後継者です。入社して7年、今は養魚場の巡回から出荷、営業活動まで先頭に立ちます。この仕事に就いた理由は「生まれた時から魚だけをみてきた」から。自然と魚についての知識を得ながら育ったから、それ以外は全く選択肢なかったそうです。
井戸内養魚場では、西米良サーモン以外にも、サケ・マス科の魚を県内の3カ所で養殖。濱砂さんは毎日県内を200キロほど移動しながら養魚場を巡回、年間走行距離8万キロ、休みなしの毎日。今年に入って全然仕事をしなかった日は1〜2日しかない、と聞いてびっくり。
そうした合間にも海水養殖も取り入れさらに大きく食べ応えの魚に育てるプレミアムサーモンシリーズを作ったり、湯布院や県外、韓国のチェジュ島にも養魚場を作ったりと技術を武器に海外へも歩みを進めています。
また加工品の研究にも取り組み、試作中のスモークサーモンをいただきましたがこれまた絶品。
養魚場のホームページもなく、広告宣伝もゼロ。「そもそも日本国内で国産サーモンのシェアは約10%もないんです。それを「あそこに北海道産のサーモンが入っていた」なんて何社で奪い合っても大したことにはなりませんよね。広げるなら海外ですよね」。世界では伸びている一方、日本では衰退の一途をたどっている養殖業。その現状を憂い、「守りに入ったらダメですよね、外をみないとダメですよね」。宮崎にいながら、香港やアメリカ、ドバイ・・・常に世界を見て、質にこだわった養殖にこだわり続けます。